外力により民主化された日本
当財団が「誇れる国づくり魅力ある人づくり」に鋭意努力されていることに心から敬意を表します。
私は自衛官として、約40年間国防の任にあたって参りましたので、その立場から提言することといたします。戦後、吉田茂首相等は外力(占領軍行政)を巧みに使いながら財閥解体、農地解放、階級制度の廃止等民主化を図ったと思います。 

「軽武装、経済立国」の吉田ドクトリンの選択も賢明だったと思います。日本人の勤勉性と優れた能力によって、瓦礫の中から世界第二の経済大国にまでなったことは誇るべきことであり他国も認めているところです。  

しかし、なぜ、いま国づくり人づくりが言われなければならないかを考えると、その根元が、外力による民主化というところに帰結すると思います。外力による民主化は、憲法をはじめ、人の教育まで一種のモラトリアム状態に置き去らされているのではないかと思うのです。厳しい世界情勢に直面して我が国が憲法の規定を防火壁にして『巻き込まれず、見捨てられず』の態度に終始していることは、他国から利己的な責任回避と見られており、尊敬される国とは思われないでしょう。

民主化に必要な精神性
安倍元総理の『戦後レジームからの脱却』は、このドクトリンからの脱却ではなかったかと思うのです。国益を追求することは当然ですが、国力に見合う国際益・世界益まで考えた国際貢献によって、世界から真に尊敬される国にしなくてはなりません。
 
外力による民主化は、『自由は無限に保証されるが、その前に厳しい自律の精神が必要である』ということが疎かになったようです。人づくりは、このことを教育の中心から、外さないことが大事だと思います。人の上に立つ者の、「ノブレス・オブリージ」の精神、チームプレイにおける「ワンフォアオール」の精神、公徳心、そして最も大事な『愛国心』があらゆる教育の場で、強調されるべきです。勿論ファナチックになる必要はありません。
 
現下の金融危機の原因について、『表面的には金融問題だが、社会全体を考えずに自分の事ばかりを大事にする自己愛・自己陶酔の意識が、経済の世界にひろがった結果が現状である』と指摘している人がいます。人づくりを疎かにした自業自得だという指摘です。

国づくり人づくり
議論のなかで国が先か、人が先かがあるかもしれません、しかしそれはナンセンスです。政治のかたちや制度がからむ国づくりは、時間はかかりますが、すべての国民が意識を「改革」して『今』であり、『常時』であり、その蓄積が結果を生むと思うのです。一方、人づくりは、人が生まれてから継続される生涯教育だからです。