自由経済の破壊力
日本も百年に一回という大不況に見舞われたが、不況はそんなに悪いことなのだろうか。  

わが家の小さな庭では、椿が花をつけている。しばらく待って、梅の可憐な蕾が脹らんできた。人の営みをよそにして、自然が循環する。自然はくよくよすることがない。厳しい不況であれ、景気は時とともにかならず回復する。不況も新しい生命を育む節目となる。

一部の専門家が金融破綻によって、資本主義が破綻したと説くが、資本主義の長所は創造するよりも、無駄になったものを破壊する力を備えていることだ。共産主義国が活力を失ったのは、余剰になった産業を破壊する自浄能力を欠いたためだった。  

自由経済では激しい競争が行われる。起業家たちが創出することによって、発展した。だが、起業家は多分に運に恵まれて成功を手にした。自由経済が建設的に破壊する力を持っていることこそ、評価したい。  
このような不況は、解毒剤 ――カタルシスとして働く。  
明るい面をみれば、このような創造的な役割を果たすこととなる、新しい活力に溢れた世界を生む跳躍台となる。このような時にこそ、新しい展望を描かねばならない。

今回の金融世界危機を、経済危機としてだけ捉えてはなるまい。飽くなき欲が暴走してもたらされた。経済危機であったより、文化的な要因がつくった。人が欲望を先行させた文化をつくったのが、原因だった。
今回の不況がこのような文化を見直すことを促す、切掛けとなってほしい。
文化が生活態度をつくり、生活態度がその時々の文化をつくる。野放図な金銭ゲームがつくった、金を崇める現代文明が危機をもたらした。  

新年のテレビ番組によれば、外食産業の売り上げが落ちた反面、家庭で食事することが見直されて、大型冷蔵庫や炊飯器などの〝白物〟の売り上げが伸びていると報じていた。今回の不況がもたらしたカタルシスである。収入が減ったり、売り上げが落ちるのには、よい面もある。質素な暮しをすればよい。倹約とか謙虚、我慢という美徳を取り戻すことができる。 これら伝統的な徳目は先人が生んで、人間性を支えてきた。家で食べる回数が増えれば、家庭の温もりを呼び戻せる。  

人が凭れ掛りあうから社会が成り立つ。人二人が支えあう表形文字だが、アルファベットのAも、二人が凭れあいながら握手している。自分だけが楽しむために、時間であれ金であれ使い捨てて、消費する欲が蔓延ってきた。家庭の団欒こそ、人に正気をもたらしてきた。  

日本でバブル経済が破裂した後でも、人々が欲望に駆り立てられていた。虚栄や慢心を擽る似非のブランド商品に憧れることが、幸せをもたらすように錯覚されていた。多くの人々が生きる目的が楽することであって、人生がいつも楽しいものでなければならないと、みなしていた。  

だが、社会が物質的に豊かになろうとも、人生が楽の連続であるというのは、真実から遠く離れている。人々が偽った生活を送ってきたから脆くて、傷つきやすい。しっかりした自分を持てないから、つねに不安だ。人生は逸楽――エンターテイメントではない。すぐにストレスによって、心が病んでしまう。

利他心の美しい国に
かつての徳目を取り戻せば、無差別殺傷事件も、三万人を超す自殺者も大幅に減る。権威ある国際的な自殺の研究によれば、社会が物的に豊かになるほどに弛緩して自殺が増える。日本、ドイツ、イギリスなど国土が戦場となって、明日の生命もわからない時には、生きようとする意欲が漲るために、自殺する者がほとんどいない。  

人々は深刻な不況に衝撃をうけて迷い、怒った。だが、いまこそよりよい社会を創る好機である。力を合わせて、利己心よりも利他心に支えられた、美しい国を創りたい。  

日の本祖国のために、「国づくり人づくり国民運動」のいっそうの発展に期待したい。